女性ホルモンの動脈硬化予防
女性では、閉経前には女性ホルモン(エストロゲン)が、動脈硬化の進展を抑止していますので、閉経前に器質的虚血性心疾患(動脈硬化が原因で起こる狭心症や心筋梗塞)を見ることは少なく、閉経からほぼ10年以上を経て、器質的虚血性心疾患を見るようになります。
中年女性の胸痛と症状
ところが、40歳代後半から50歳代後半にかけて狭心症と思われる胸痛を経験される女性は決して少なくありません。狭心症の痛みは、胸の中央から左の範囲でキューッと締め付けられる、胸から始まりあごから歯にかけて痛む、胸から始まり左腕のほうにかけて痛む、胸から左の肩甲骨に突き抜けるように痛む、胸が重く圧迫される、みぞおちが痛むなどと表現され、全対象者の14%の方に狭心症と思われる胸痛の経験があるそうです。
微小血管狭心症について
女性の患者さんに心臓カテーテル検査を施行した際、ほぼ半数の患者でしか有意な狭窄(血管径が50%以上、狭くなっている状態)が認められず、胸痛の原因がよくわからないという事実があります。
1980年代に米国の研究者が、このような女性の患者さんたちの胸痛が、心臓の表面を走っている大きな血管(冠動脈)の狭窄や収縮を原因とするのではなく、心筋の中を走る細い血管の攣縮(血管が強く収縮すること)や閉塞などの異常が起こる可能性を示唆し、「微小血管狭心症」と名づけました。
微小血管狭心症の特徴は
(1)胸痛発作は労作時と限らず、安静時・就寝時に起こることが多い
(2)胸痛発作回数は、年数回という人が最も多く、中には頻繁に起こり、かつ、年余にわたって続く方もいる
(3)胸痛は数分で消失することが多いが、半日・一日継続することもある。
(4)ニトログリセリンが効きにくい
(5)心身の過労、不眠、寒冷が誘因となりやすいなどです。
これらの症状は、本人が胸痛で苦しんでいるにもかかわらず、医師から正しく診断を得られないため、不安やうつ症状を引き起こし、ドクターショッピングをするきっかけになることが多いといわれています。突然死を起こすような疾患ではありません。しかし、これらの患者さんのうち2年以内に5~6%の人が虚血性心疾患により入院すると海外で報告されています(Women’s Ischemic Syndrome Evaluation Study)。
微小血管狭心症の診断と治療
診断はこのような臨床症状の特徴に加え、診察所見、胸部X線、血液検査(血算、生化学)、安静心電図、心臓超音波検査、24時間ホルター心電図、運動負荷心電図からの所見を加味して行います。器質的虚血性心疾患が疑われる場合は、非侵襲的検査(身体に負担をかけない検査)としては心臓核医学、高性能CT(マルチスライスCT)、MRI、PETなどの画像診断検査を、侵襲的検査(身体に負担のかかる検査)としては心臓カテーテル検査を行います。
心臓カテーテル検査は微小血管狭心症の確定診断(※)のための検査法でもありますが、最近では、マルチスライスCTやMRIにより、非侵襲的に良好な冠動脈、心筋構造画像が得られますので、マルチスライスCTにより冠動脈に狭窄がないことを確認した上で、治療を開始します。
胸痛への第一選択薬は、血管拡張作用のある塩酸ジルチアゼム、ベラパミルなどのカルシウム拮抗薬やニコランジルです。また、この年代の女性では「のどにつかえがある」「胸が重い」などの訴えも多く、これには漢方薬の半夏厚朴湯が著効します。また、夜、就寝後に起こるものには逆流性食道炎が合併していることが多く、消化性潰瘍治療薬であるプロトンポンプインヒビターまたは六君子湯を用います。
※ どのような所見があれば、微小血管狭心症としての診断されますか?
(1)ペーシングで心拍数を上げながら、右心カテーテルにより冠静脈洞からの採血をします。頻脈になると、胸痛が生じます。その際、冠静脈洞血の乳酸の値が急速に上昇することが心筋内虚血の証明になります。
(2)心カテーテル時冠動脈拡張予備能を薬剤負荷によりみます。この際、Epicardial Artery(通常、心血管造影でみている心臓表面の血管です)には、まったく変化が生じないのに、冠動脈拡張予備能の低下が生じる際に、微小血管狭心症としての診断が可能です。