◆悦子が死んで根室で皿洗いをしている吉岡を向かえに来た杉本に対し:
吉岡:「1年半経てば死んだ人間を忘れるのが当たり前か?死んだ人間を忘れない、ということを、私は能力の問題だと思っている。人格の問題だと思っている。くだらん人間は、誰かが目先からいなくなるとすぐ忘れてしまう。人を愛することも能力なんだ。短い間、誰かに夢中になるということは誰にでもある。しかし、長く、一人の人間を愛し続けるということは放っておいてもできるものではない。能力の問題だ。人格の問題だ。くだらん人間は、長く愛し続けるということは出来ない。・・・ときどき・・悦子を忘れているよ・・けろりと生きたくないのだ。またぞろけろりと生きたくないのだ。俺はもうここで消えていく。」
杉本「気に入らないね。全然気に入らないね。俺はね、甘ったれたことはいわないよ。いいですよ、かえってくれなくても、俺はかまわないよ。でも、それじゃ始末がつかないんじゃないのかねぇ。特攻隊で死んだ友達を忘れないとか、散々かっこいいことを言って、それだけで消えちまっていいんですかねぇ。戦争にはもっといやなことがあったと思うね。どうしようもないと思ったこととか、そいうこと、いっぱいあったと思うね。戦争に反対だなんて、とっても言えなかったと言ったね。だいたい反対だなんて思ってなかったって言った。いつごろからそういう風になっていったのか、俺はとっても聞きたいね。気がついてみたら、国中が戦争をやる気になっていたとか、そういう風に、どういう風になっていくのか、そいうこと、司令補、なんにも言わねぇじゃなねぇか!どうせ昔のことをしゃべるんなら、こういう風に人間っていうのはいつの間にか、戦争をやる気になっていくんだってとこらあたりをしゃべってもらいたいね。そうじゃないとよ、俺たち、本当のところ、戦争っていうのは、そんなにひどいもんじゃないかもしれない、案外、勇ましくて、いいことばっかりあるのかもしれないって、思っちゃうよ。それでもいいんですか?俺は、50代の人間には責任があると思うね。いいこと言って消えちまっていいんですか?俺はまだ責任があると思うね。考えておいてください」